Twinkle Star!

4 基礎知識

 退屈で間延びした日々であろうとも、変わらず時は流れる。自分から動かず、関わらずとも世界は変化を続けていく。新生活に浮き足立った若者達も同様で、五日も経つと、自然といくつかのグループに分かれて行動するようになっていた。元々知り合いだった者同士だったり、同郷だったり、単純に席が近かったり、理由は様々だが、複数人で行動する者の方が圧倒的に多い。その中で、エトワールは数少ない単独で行動する生徒の一人だった。
 自分から一人になったわけではない。話しかけに行かなかったのは事実だが、交流を拒絶していたわけではなかった。エトワールが五大貴族の家の生まれだからか、それとも単に近寄りがたかったのか、誰も話しかけてこなかった結果、エトワールは一人になった。
 今まで通りだ。何も変わらない。どんなに素晴らしいと評される学び舎であっても、家柄からの色眼鏡でしか見られない。わずかに抱いていた交流への期待は、今ではすっかりなくなっていた。早く高度な授業を受けられるようになりたい――それだけが学園に在籍する理由になりつつあった。
「エトワール!」
 窓の外を見て軽くため息をついたエトワールは、隣から聞こえてきたかしましい声に眉をひそめた。生徒のほとんどはエトワールに近付かないが、一人――いや、二人ほど積極的に絡んでくる者がいた。価値ある交流が期待出来ないのなら静かに過ごしたいのに、この二人はエトワールの心情なんて構わずにワイワイと騒いで話しかけてくる。
「ねえねえエトワール、お昼だよ? ご飯食べに行かないの?」
 外を見たまま無視しようとしたのに、ぐいぐいと腕を引っ張って鬱陶しい。大体の人間は数回話しかけて返事がなければ諦めるものだが、彼女はどんなに無視しても話しかけてくる。
「……俺がいつ食べに行ってもいいだろ」
 結局苛立ちに負け、エトワールは振り向いて反応してしまった。長い緑色の髪をサイドテールに結んだ髪型が特徴的な彼女、スピカはパッと顔を輝かせてにっこり笑った。
「一緒に食べに行こ!」
「俺の話聞いてたか?」
 全く噛み合っていない返答だった。エトワールが眉をひそめて、声色も低くして、明らかに不機嫌であると示しているにも関わらず、スピカはニコニコとして何も気付いていないかのようだ。
「早く食べないとお昼休み終わっちゃうよ」
「だからってお前と行く必要がどこに……」
「エトワールー! 昼飯食おうぜー!」
 スピカを追い払おうとしていたエトワールは、もう一人の「騒がしいの」の登場に、思わず頭を押さえた。リギル=レヘヴェー。真っ赤な髪と瞳が特徴的な、エトワールのルームメイトだ。何かと喧嘩を売ってきて挑発してきて、エトワールの事が嫌いなのだと思うのだが、何故かこうしてしょっちゅう絡んでくる。集めた注目も気にせず、ずかずかと教室内に入ってきて、エトワールの机に近寄ってくる。
「あ、リギル……だっけ?」
「合ってますよ、スピカさん。何、昼飯の相談ですか?」
「うん、エトワールと一緒にご飯食べに行こうって話してたの」
「そりゃちょうどよかった。俺も昼飯食べに行こうと思ってたところなんですよ。どうですか、三人で」
「いいよ。ご飯は皆で食べる方が美味しいもんね」
「勝手に話を進めるな!」
 エトワール抜きでポンポン話を進める二人に苛立ち、エトワールはつい勢いよく机を叩いた。突如大きな音がして、教室に残っていた生徒達がビクッと身をすくめる。しかし目の前の二人はケロッとしたままで、反応を示したエトワールに嬉しそうな顔さえしてみせる。
「何エトワール、スピカさんと二人きりの方がよかったか?」
「はぁ!? それこそ何でだよ!」
「あ、男の子同士の方がよかった?」
「そういう事でもない! 一人で静かに食べさせろ!」
 どうしてそっとしておいてくれないかと頭が痛い。リギルは猫かぶりが上手のだから仲良くする相手に困らないだろうし、そもそも別のクラスなのだから自分のクラスメイトの相手をすればいい。スピカだって人当たりは悪くないし、世話好きの女子はどんな環境にも一人ぐらいはいるのだから孤立もしないだろう。なのに何故エトワールに絡んでくるのか。
「リギルー、こっちかー?」
「うぇっ、シャート先生!?」
 だらしなく伸びきったジャージを着た男性が教室をのぞき込んで、リギルは慌て始めた。この一週間で幾人かの教師から授業を受けたが、見たことがない顔だ。上級生の授業を担当しているのだろうか――とてもそうは見えない格好だが。
「クルクスが呼んでる」
「何で!?」
「昨日の続き話したいんだとよ。奢ってやるから早く来い」
「くっ……しゃーねぇ、エトワール、スピカさん、また放課後に!」
 その「クルクス」がよほど怖いのか、リギルは口惜しそうな顔をして男性についていった。
「あいつまた邪魔するつもりなのか……」
 リギルが言い残していった言葉にげんなりとする。エトワールは、担任であるメフィストフェレウスの言いつけで、放課後を使ってスピカに魔法の基礎を教えていた。スピカは初等教育も受けているのか怪しいレベルの魔法初心者で、教えるのも一苦労なのに、最近リギルも混じってくるようになったのだ。横から口を出されるとうざったい事この上なく、「お前が教えろ」と言えば「頼まれたのはエトワールだし?」と逃げる。場所を変えてもめざとく見つけてくるため、エトワールの頭痛のタネとなっていた。
「行っちゃったね」
「そうだな、静かになったな」
 ともあれ、教師が騒がしい一人を連れていったおかげで大分静かになった。ため息をつくエトワールの袖を、スピカはクイクイと引いた。
「私達もご飯いこ? 昼休み終わっちゃうよ?」
「……仕方ないな」
 拒否してもよかったが、二人が騒いでいる間に時間が経っていて、そろそろ食堂に行かなければ、昼休み中に食事を終えるのが難しくなる。エトワールは立ち上がって、スピカとともに食堂へと行く事にした。
 食事をしに行くだけなのに、何が楽しいのか、スピカはスキップでもしそうな上機嫌さで、鼻歌を歌いながら隣を歩く。
「……それ、何の歌だ?」
 たしなみとして、有名な古典音楽は一通り聞いたことがある。スピカが歌っているそれは、古典音楽に雰囲気が似ているものの、エトワールには聞き覚えがないものだった。
「これ? これはね、ムジカ様のお歌だよ」
「ムジカ?」
「芸術と魔法を司る神様で、お歌もいっぱいあるんだよ。聖夜祭とかで聞いたことない?」
「……あー……」
 次にスピカが口ずさんだ歌には確かに聞き覚えがあった。一年の終わりに執り行われる聖夜祭。その由来は覚えていないが、年の締めの行事とあって、大々的に祭りが開かれる。特に年若い少年少女によって構成された聖歌隊の公演は、毎年大人気だった。そこで聞いたような気がする。
「確かに聞いたことあるような」
「でしょ?」
 スピカは満足げに笑って食堂の扉をくぐった。エトワールも頭をかいて、人が多い食堂の中に入る。
 上級生から新入生、教員までごった煮状態になっている食堂だが、その分回転率も高かった。席が空けばそこにすぐ次の利用客が座る。エトワール達もカウンターで料理を受け取った後、すぐに座って食べ始められた。
「いただきます」
 運んできた料理に対し、スピカは大事そうに手を合わせて食前の挨拶をする。その光景を視界の端に、何も言わずに自分の食事に手をつけようとしたエトワールだったが、スピカは目ざとくそれを発見して咎めた。
「エトワール? ちゃんと食前のお祈りしないとダメだよ」
「何でだよ」
 いったい誰に祈るのかと、エトワールは眉をひそめた。スピカが食前に何をしようとスピカの勝手だが、それをエトワールにまで強要する権利はないはずだ。
「材料を作ってくれた人とか、ここまで運んでくれた人とか、料理してくれた人とか、皆に感謝してから食べるんだよ?」
「祈ったってそいつらに伝わるわけじゃないだろ。馬鹿馬鹿しい」
 スピカが述べた祈る理由にため息で返し、エトワールは食事を開始した。対面ならまだしも、そうではないのに、心の内で感謝を述べたとして、何になるというのだろう。この料理自体、エトワールが学園に通う当然の権利として得た物だというのに。スピカは不満そうに口を尖らせて「エトワールは頭でっかちだね」と呟き、自らも食事を開始した。
 食事中、スピカは特にしゃべらない。普段のかしましさが嘘のようだ。薄っぺらいベーコンと刻みニンニクが少し入っている程度の、シンプルかつ貧相なペペロンチーノを、大事そうに噛みしめながら食べる。静かなのは構わないのだが、いつもシンプルな料理を選んでいる事が、エトワールは気になっていた。
 この空中に浮かぶ離島において、食事を得る手段は大きく二つある。購買で買うか、食堂で食べるか、だ。月初めに支給される食券を使えば、どちらででも一食分の食事を得る事が出来る。
 とはいえ、それで手に入るのは最低限度の量だ。購買であればパンと飲み物が一つずつ、食堂であればシンプルな料理に飲み物だけ。多くの生徒は小遣いを出して彩りや品数を増やしている。エトワールもそうだ。
 しかしスピカは、エトワールが知る限り、食券だけで得られる料理しか食べていない。具材の少ないペペロンチーノしかり、同じく具材の少ないピラフしかり、東方の料理だという素うどんしかり。最初は提供される量が多いからそうしているのかと思ったのだが、そういうわけでもなさそうで、食べ終わった後にエトワールの料理を物欲しそうに眺めている事もあった。
「……お前、それで足りるのか?」
「む?」
 一度気になると悶々として落ち着かず、エトワールは聞いてみる事にした。食事に集中していたスピカは、口の中のパスタをよく噛んでから飲み込んで、首を傾げた。
「足りるよ? 何で?」
「俺の料理、物欲しそうに見てるだろ」
 指摘すれば、スピカはパチパチと瞬いて「あれはその」と目を泳がせた。バツが悪そうに眉尻を下げ、フォークの先端をくわえる。
「だって美味しそうだったから……」
「なら自分で頼めばいいだろ。人の見てないでさ」
「でもお金必要でしょ?」
「……そりゃ当然だろ」
 妙な事を言うと、エトワールは眉間にしわを寄せた。無償で提供されている以上のサービスが欲しければ金を払う、当然の仕組みだ。タダで何もかもを得るなんて、そんな事が出来るのはアリイェメレク帝国の支配者である皇帝だけだろう。一介の学生であるエトワールやスピカに許された権利ではない。
「小遣いぐらいあるだろ?」
 プレアデス魔法学園では、学園生活に必要な最低限の衣食住は無償で提供されるが、たとえば筆記用具などは購買で購入したり、月に一度の定期便で送ってもらったり、自分で用意する事になっている。入学前に説明されるのだから、スピカだって小遣いぐらい持たされているはずだ。だがスピカは首を横に振った。
「ないよ」
「……ない?」
「うん。コメット先生がちょっとくれたけど、ご飯食べるのに使ってたらすぐになくなっちゃうし……」
 そんなわけが、と思ったエトワールだったが、そういえば魔法について教え始めた時、スピカはノートの使用を渋っていた。あの時は渋る理由が分からなかったが、新しい物を買う資金がないと考えれば納得がいく。
「……家から仕送りとかないのかよ?」
「ないよ。うちの教会、お金ないもん」
「教会?」
「うん、教会。……エトワール、教会知らない?」
「バカにするな、そのくらい知ってる」
 首を傾げるスピカにため息をつく。教会ぐらい知っている。神に仕える者が暮らし、神に祈るための施設で、エトワールには縁遠い場所だ。ただ、家の話をしていたのに、何故教会が出てくるのかが分からない。
「家が教会を運営してるのか……?」
「ううん、家が教会なの。あたし神父様に拾われたんだ」
「……あー……」
 そこでようやく察しがついた。つまり、スピカは捨て子なのだ。都会であっても孤児院の経営は難しく、余程強力な後ろ盾がない限り、資金難に陥ることが多いと言う。初等教育も受けられないような田舎となればなおさらだろう。
「……お前、何でここにいるんだよ。入学費結構しただろ?」
 そんな環境下にいたのに何故ここにいるのだろうか。世界有数の学び舎だけあって、プレアデス魔法学園の入学費はかなり高いと聞いている。成績優秀であれば学費の免除もあるらしいが、スピカの知識レベルで免除対象になるとはとても思えなかった。
「うーん、あたしも不思議なんだけど、コメット先生があたしは優秀な魔法使いになると思うからってお金出してくれたんだ」
「コメット先生って教頭だよな」
「そうだよ。神父様とお友達なんだって」
「はーん……」
 確かにスピカの魔法のセンスは評価出来るものがあった。風魔法を詠唱も使わずたやすく使う彼女を指して、才能がないと言う者はまずいないだろう。その理屈を全く理解していないのが問題なだけだ。そこさえ何とか出来るなら、教育者としては私財をなげうってでも育てたくなる――のかもしれない。
「エトワールは?」
「ん?」
「エトワールは何で学園に来たの?」
 話している間にほとんどペペロンチーノを食べ終わったスピカは、そんな事を聞いてきた。まだ半分近くあるハンバーグの一片にフォークを刺しながら、エトワールは眉をひそめる。
「何でって……そりゃ、ここが魔法を教える学校で一番優秀だったからだよ」
 別の国に行けばまた違うのかもしれないが、少なくともアリイェメレク帝国内でもっとも優秀な魔法の学び舎といえば、プレアデス魔法学園だった。だからエトワールはここに来たし、今後の授業内容に大きな期待をしていた。
「じゃあエトワールは卒業したら立派な魔法使いになるんだね」
「――、」
 ニコニコとスピカが言った言葉に食事の手が止まった。このまま順当に行けば、スピカの言う通り、エトワールは「立派な魔法使い」になるだろう。エトワールの才能はこれまた疑うところがなく、華々しい将来が待っている。
 しかしその例は何一つ思い浮かばなかった。プレアデス魔法学園の卒業生としても、シュヴァルト家の人間としても、胸を張って恥じる事がない職に就くだろう。宮廷に入る道もある。プレアデス魔法学園の教師として後継を育てる立場になるかもしれない。あるいは家を継いだ長兄の補佐をする可能性も存在する。では具体的にどういう職に就き、どんな事をしているのかと言われれば――エトワールには想像がつかなかった。
「あたしはね、ちゃんと卒業出来たら村で魔法教えたいなって思うの。便利だよね、魔法。パッと火つけられるし、風だって起こせるし、水も操れるんだよね? あたしだけじゃなくて皆使えるようになれば、きっと村の生活、よくなると思うんだ」
 エトワールが固まった事に気付いていないのか、スピカは頬をほのかに染めて、ニコニコと将来像を語る。初等教育すら受けられない村には、エトワールが想像出来ないような苦労がたくさんあるのだろう。それを解消したいと話すスピカの姿は、とても輝かしいものに見えた。
「――ならあーだこーだ言ってないでちゃんと理屈理解しろよ。今のままだととても他人に教えられないぞ」
「う。そ、そうだよね。頑張るね」
 苦し紛れに文句を言っても胸につかえた何かは消えず、エトワールは顔をしかめたまま、残りの昼食をかきこんだ。
 放課後、エトワールとスピカは中庭にある東屋の一つに来ていた。初回の授業が行われてから、ずっとここでスピカに魔法を教えているため、すっかり定番の場所となっている。
「エトワール、今日は何やるの?」
 対面に座り、教科書とノートを開いてニコニコ笑うスピカ。エトワールの話を聞く姿勢そのものは素直で好感が持てる。その姿勢が理解力に繋がっているかと言えば、そうではないのだが。
「そうだな、昨日やったのは……」
 自身も教科書を開きながら、チラリとスピカの隣に目をやる。そこには分厚い本を読むリギルがいた。自分は勉強会には関係ないと示すかのように、テーブルの端に頬杖をつき、体を横に向けている。
「何?」
「……別に」
 非難がましいエトワールの視線に気付いたのか、目だけを向ける。問うリギルに対し、エトワールは眉をひそめる以上の対応をしなかった。リギルも深く突っ込んでは来ず、読んでいる本へと視線を戻す。
 最近はいつもこうだ。図書館で借りた本を読んでいるだけという体で、エトワールの授業を聞いていて、適当に揚げ足を取ってくる。実にうざったい。追い払おうとしても「どこで本を読んでもいいだろ?」と言われるし、揚げ足を取る時以外は静かにしていて気配も薄くて邪魔にならず、結局許容するしかなかった。
「……まあ、今まで通りだな。ベーシックな魔法の書取だ」
「えー、つまんないー」
「面白いつまらないの問題じゃないだろ。まずは基本を覚えろ、基本を」
「うー、はぁーい」
 指示した内容にスピカは不満の声を上げる。魔法の基本な概念を教えた後、エトワールはスピカに呪文の書取をさせていた。魔法を扱うのに呪文は必須ではない。しかしあった方が便利だし、学期末にはテストもあるとメフィストフェレウスは予告していた。今後のためにも覚えた方がいい事柄で、覚えるためには書取が一番だ。退屈なのは分かるが、やってもらわねば。
「えっと、すたっと、も・ぇ、おる……」
 一語ずつ声に出しながら、スピカは書取を行う。その筆運びは実にたどたどしいものだった。スピカは文字の読み書きそのものが苦手なようで、短い文ですら読み上げるのに時間がかかり、書けばみみずがのたうったような文字を記す。聖書だって文字で書かれているだろうに、今までどうやって神の事を学んできたのだろうか。
「ねーえエトワール? 本当に呪文覚えなきゃいけないの?」
 数十分ほど教科書からノートに呪文を書き写して、スピカはすねたように唇を尖らせた。
「覚えなきゃいけないからやらせてるんだろ」
「でもでもぉ、何で呪文覚えないといけないの?」
 読み書きに慣れていないからか、それとも単に根気が限界だったのか、スピカは今やっている事への理屈を求めてくる。万年筆の柄を噛むスピカにエトワールは息をついた。
「最初に言った。魔法を使うのに呪文があった方がイメージしやすいだろ?」
 呪文を用いなくとも、マナを動かすイメージさえしっかり出来るのであれば、魔法を使う事は出来る。しかし目に見えないマナを、頭の中のイメージだけで動かすのは大変難しい。熟練の魔法使いでさえ無詠唱で魔法を発動させようとすれば、失敗する事がある。だから呪文は必要なもので、最低限暗記しておかねばならない。
「でもエトワール、イメージ出来るならいいんだよね? ならこの呪文じゃなくてもよくない?」
「……ん」
「どうしてこれじゃなきゃいけないの? 意味もよく分からないし……聖言みたいにした方が分かりやすいでしょ? 火よ燃えろ、とか」
「……それ、は……」
「ねえ何で?」
 スピカの疑問にエトワールは答えられなかった。確かにスピカの言う通りだ。今勉強している呪文を用いなければ魔法が使えないわけではない。もっと違う文言でも、イメージ出来、マナを動かせれば何の問題もない。そして呪文のそれぞれの意味が分かりづらい、というのもその通りだった。慣れたエトワールはすぐにイメージ出来るが、慣れていない者なら何がなんだか分からないだろう。
 もっと簡単な、イメージしやすいものでいい。なのに何故分かりづらい方を学校で教えているのか。それがエトワールには分からなかった。
「……そういうもんなんだから仕方ないだろ」
「えー、それ答えになってないよ?」
「うるさいな、そういうもんなんだからそうなんだよ」
「えー、何でー」
 理由をしつこく聞いてくるスピカに苛立ってくる。そういうものなのはそうなのだから仕方がないのだ。太陽が昇れば明るくなるように、月が昇る頃には辺りが暗くなるように、魔法を使う時は呪文を使った方がいい――と考えても、屁理屈である事はエトワールにもよく分かっていた。しかし説明出来る知識がないのだから、とにかく今はそういうものなのだと納得してもらうしかない。
「――そりゃ教えやすいからですよ」
 横槍を入れてきたのは静かに本を読んでいたリギルだった。分厚い本をパタンと畳んで、テーブルに体を向ける。文句を言っていたスピカはきょとんと丸くした目をリギルに向けた。
「教えやすいから?」
「そう。スピカさんが言う通り、別に呪文がなくたって魔法は使えるし、もっとイメージしやすい文章は他にいくらでもありますからね。五百年ぐらい前は統一されてなくて、いくつか呪文の派閥があったんですよ。それも結構個人個人でバラバラだったりして」
 リギルはスラスラと、どこか誇らしげに語る。スピカは「へえ、そうなの?」と素直に耳を傾けていた。
「そのぐらいの頃に魔具が発明されたんですよ。魔具、知ってます?」
「ううん、知らない」
「簡単に言えば魔法を手軽に発動出来るようにした道具の事ですね」
「へえ、すごいね!」
「そうでしょそうでしょ。で、魔具用の呪文が今普及しているやつなんです。きちんとした規則があって、単語数もそんなに多くなくって、教える側としてはやりやすかったわけです。使う側としては微妙ですけどね」
「へー。リギル、物知りだね!」
「それほどでも――俺としてはエトワールが何で知らないのかが不思議だけどな?」
「あ?」
 イライラとしながらリギルの話が終わるのを待っていると、急に話の矛先を向けた。いつもの挑発的で敵対的な目が向けられている。どうして知らなくてなじられなければいけないのかと、エトワールは口をヘの字に曲げた。
「このくらいの歴史も知らないのか?」
「そんなん知らなくたって構造が分かってればいいだろ」
 誰が発明し、どうして普及したかなんてどうでもいい話だとエトワールは考えていた。知っていたから魔法を上手く使えるわけでもない。そんなのを覚える暇があるのならば、その分実践に当てるべきだと思う。なのにリギルは眉をひそめて、蔑むような目でエトワールを見てきた。
「お前のそういうところ、嫌いだ」
「あ?」
 エトワールは正論を述べただけなのに、何故そんな目で見られなければいけないのか、どうして急に非難されないといけないのか。今日こそは雌雄を決するかと立ち上がりかけたエトワールだったが、スピカがじいっと見ているのに気付いて腰を落ち着けた。
「……何だよ」
「ううん。エトワールでも知らないこと、あるんだね」
「……そりゃ当然だろ」
「何だか安心しちゃった」
「は?」
 今度こそ訳が分からなかった。エトワールはまだ年若く、知らないことだって多くある。そんな当たり前の事を確認して、一体何を安心するというのか。スピカは一人で納得して、書取の続きを始め、リギルも先ほどまで喧嘩腰だったくせにしれっと読書に戻っている。一人だけ何も分かっていない気がして、エトワールは仏頂面で頬杖をついた。
3 井戸端評論
表紙
5 期末テスト