Last Order

2 気まぐれと出会い

 床が配線に覆われ、壁が機材に覆われている暗い部屋の中で、明かりはモニターからこぼれる光だけだった。どこか不気味な雰囲気がただようその部屋の中央で、青年は独りコンソールを叩く。文字だらけのそのモニターを見ても、一見して何をしているかは分からないだろう。
 青年は、分かりやすい手段を使っている輩を、そうでない手段であしらうのが好きだった。一昔前の技法で最先端の技術をあしらい、目的を達成する。その瞬間が快感だった。――周りと合わせたくないだけ、という部分もあるが。
 だから意識は常に現実に。電子空間に意識を置き、感覚的に操作できるダイブを好まない。
 ただ、好まないだけで、絶対にしないというわけではなかった。普段使わないが、ダイブ出来る環境は整えてある。相手の環境を知らなければ対応出来ないという理由もあるし、気まぐれでダイブをしたくなる時もある。
 今日もその、気まぐれでダイブをしようと思った日だった。必要な機材を立ち上げ、アンカーを設置し、バイザーを被る。一瞬意識が途切れた後に広がるのは、自室とは全く違う、広大で何もない空間だった。
 行動を起こす前に、座標位置とステルス、エイリアスがきちんと動作しているかを確認する。何があっても逃げ出せる準備は出来ているが、足が付いてしまっては元も子もない。
 念入りにチェックをし、確認を終えてから歩き出す。アンカーから離れ、ネットの奥へと潜っていく。しばらく行くと、目的地が見えた。
 高いフェンスに囲まれた、古びた巨大図書館。そんな姿を模した、電子アーカイブ群だ。ご丁寧に有刺鉄線で飾られたフェンスは、警報装置の具現化だ。知識がない者を弾き、不法侵入は認めないという意思表示のためのそれを飛び越え、中に入っていく。壁や窓は飾りに過ぎず、すり抜けようと思えば抜けられる。青年はあっさりと内部に入った。
 三メートル近くある本棚に、ぎっしりと本が詰まっている。葉がない幹だけの森は、好事家以外は現実で見る事が出来ないものだ。電子書籍が当たり前の物になってから数百年以上、本という物理的な記録媒体はすっかり知識上のものになってしまった。
 レイアウトが変わっていないか注意しながら、ある一箇所を目指す。幸いにもデータの配置換えはされておらず、青年は難なく目的の棚へと着く事が出来た。他と変わらず、本がすし詰めになっているそれに手をかざし、プログラムを起動する。
 すると、青年の周りに十数冊もの白紙の本が出現した。同時に本棚から次々と本が飛び出し、独りでに開く。ページが高速でめくれていき、白紙の本に同じ内容が書き込まれていく。
 欲しいデータがあった。あちこちを見て回ったが、望む解答は得られないでいる。ここなら答えがあるのではないかと期待していた。
 単純な作業はプログラムの方が早い。内容を写し終わったデータは三十を越えている。しかしそれでもまだ、一つの本棚の一段目が終わった辺りだ。作業効率を上げる事は可能だが、そうするとステルスやエイリアスにかけているCPUを切る事になり、見つかってしまう。自らは何も出来ない時間を、親指の爪を噛む事で誤魔化す。
 と、けたたましい警報音が鳴り響いた。書き写していたデータが次々と戻り、本棚はシャッターを下ろし、ただの鉄の箱になっていく。
 急いで途中経過を保存し、プログラムを終了させる。青年が見つかる要素はなかった。では一体どんな異常事態が――
 プログラムが終了し終わり、引き上げようとした瞬間、体が宙を舞った。数メートルほど吹き飛ばされ、転がる。幸いにも通路に沿って飛ばされたため、本棚にはぶつからなかった。
「っ……」
 受動ウォールが働いたためダメージはない。しかし何が起こったのか、とっさに把握出来なかった。混乱する思考回路をなだめ、すぐ逃げ出せるよう立ち上がったところで、上方からガシャンと音がした。
 見上げれば、本棚の上からこちらを見下ろしている若い男がいた。見覚えがある。このアーカイブの管理と警護を任されているガーディアンで、たしかカーマという名前だったはずだ。
「あんだぁ? まだ進入者がいたのか。面倒くせぇな、ったく」
 そこでステルスが切れている事に気付いた。受動ウォールの展開にCPUを持っていかれ、自動的に落ちてしまったのだろう。エイリアスはまだ働いているため、黒い人影程度にしか見えていないだろうが、存在を認識されている事は大きな問題だ。
「まあ何人だろうと関係ねえ。当アーカイブへのアクセスは、マザーへの申請と許可無しには認められていない。進入者には武力をもって対峙していい事になっている」
 事務的に淡々と告げるカーマ。その両手に煌々とした紅い光の玉が現れる。
「まとめて吹き飛べ」
 手のひらが合わせられた瞬間、光と熱の暴風が青年を襲った。思わず反射的に目をつむる。このアーカイブについて調べた時、カーマの事も少しばかり調べた。その攻撃スタイルは、広範囲高威力の爆発型アタックデータによる殲滅――
 能動ウォールを展開しても間に合わない。さっさと逃げなかったのは青年の判断ミスだ。
 しかし、予想された程のダメージはなく、受動ウォールでいなせる程度しか来なかった。疑問から目を開ければ、自分の前に立ち、かばうようにウォールを展開している誰かの姿があった。黒い人影にしか見えないという事は、エイリアスを使っているのだろう。どうやらこの人物が自分以外の侵入者らしい。
「悪ぃ、ドジった! 逃げっぞ!」
「は?」
 まるで最初から二人で行動していたかのように話しかけられた。自分は常に一人で行動しているのに。しかし、カーマは今のやりとりで勘違いしたらしい。
「んだよパートナー持ちかよ……厄介だな、こりゃ」
 言うほど厄介に思っているようには見えない。今のがカーマの全力ではないだろう。こんな奴など知らないと、一人だけ逃げ出したいが、それで許してくれるガーディアンではないはずだ。
 舌打ちをし、久しく使っていなかったサポートプログラム用のコンソールを呼び出す。ハッカーが多くパートナーを作るのは、そちらの方が効率がいいからだ。青年は一人での行動を好み、常にそうしてきたが、ガーディアン相手ではそうも言っていられない。この人影が青年に協力するのであれば、その間は利用すべきだ。
「とにかくここから出るぞ」
「了解!」
 返事をするやいなや、人影は青年を抱え上げた。一瞬狼狽するが、すぐに気持ちを切り替えてコンソールを叩く。速度強化、防御強化、逃げるために必要なエンチャントを行っていると、人影側の能動ウォールの使用許可が与えられた。使え、という事だろう。
「逃げんじゃねぇよクラッカーども!」
 カーマの手のひらから、先ほどよりも小さな光球が放たれる。
「っ!」
 百に達するのではないかと思うほどの量に、急いで能動ウォールを展開する。大きな一枚を用意しても削りきられると読み、小さな物をいくつも展開し、途中で爆発させて食い止める。
 能動ウォールが展開する端から消えていく。CPUが尽きるか尽きないかのギリギリのところで展開しなおしを繰り返す。直接当たればエイリアスのために確保しているCPUまで削られるであろう事はたやすく想像出来た。
 隙間を縫って、本棚の上を走るカーマにアタックデータを飛ばすが、CPUの余裕がない状態で出来る攻撃などたかがしれている。カーマがわざわざウォールに意識を割かなくとも、受動ウォールだけで消えてしまう。
 と、その様子を見ていてある考えが頭をよぎった。あるいは、もしかしたら――
「エンチャントを減らすぞ」
「え? おう!」
 一応声をかけてから防御強化を切る。発生した余剰分を全てアタックデータに回し、無数に分割して飛ばす。
 ただでさえ威力が低い物をさらに細かくすれば、より弱くなる事は目に見えている。ウォールを展開せずとも痛みはないだろう。
「ハッ、その程度効くかよ!」
 効くとは思っていない。今回重要なのは、数だ。もう一度、出来る限り多い量のアタックデータを、少しずつ時間差をつけて飛ばす。
「その程度の小細工……っ!?」
 受動ウォールでアタックデータを弾いていたカーマの動きが、突如がくんと鈍った。本棚の間を跳ぼうとして踏み切りきれず、宙を踏みしめる。
「しま――っ!」
 カーマの姿が視界から消え、まもなく派手な音が聞こえた。おそらく床に落ちたのだろう。この程度では怪我はしないだろうが、時間稼ぎにはなるはずだ。
「オーバーフローか!」
 青年を抱え上げている人影がパチンと指を鳴らす。受動ウォールは、能動的に張らなくてよい分、能動ウォールよりも便利だが、プログラムによる自動展開なので無駄が発生しやすい。設定にもよるのだが、一度展開してから閉じるまでに時間がかかる。
 今回のようにごく短時間に連続して攻撃を受ければ、前のウォールを開いたまま次のウォールを開く事になる。ウォールが展開されている間はCPUが食われる。元々爆発型のアタックデータはメモリを食う事もあって、どうにかオーバーフローまで持ち込めた。
 壁をすり抜け、人影はその勢いのまま、地面を踏み蹴る。高く高く跳び、有刺鉄線が巻かれたフェンスを越えた。
 背中から床に落ちたカーマは、腰をさすりながら起き上がった。
「あつつ……」
 展開済みの受動ウォールがあったものの、オーバーフローの影響で新たな受動ウォールが開けず、ダメージを減らしきれなかった。背中ほか、まっとうに床に落ちた箇所が痛い。
「……ちっ、逃げられたか」
 館内をスキャンするが、自分以外誰もいない。舌打ちをしてガリガリを頭をかく。カーマに言いつけられた仕事はこの場の警備であり、侵入者の駆除ではないので追いかけられないが、かなり悔しい。
 オーバーフローを起こしたのは久しぶりだ。元々攻撃を受ける前に相手を滅するスタイルで、ガーディアンになってからは最高級のコンピュータを与えられた事もあって受動ウォールの設定には気を配っていなかった。今回の件を機に見直した方がいいだろう。
 それにしても、と思考がズレる。先の侵入者は何が目的だったのだろうか。ここにあるアーカイブは、全て申請すれば閲覧可能なものだ。侵入するメリットがあるようには思えない。
「……あー、止めだ止め! 考えたって分かるもんか!」
 きっと常人には理解出来ない理由があったのだ、そうに違いない。カーマは思考を止め、暇な警備任務を再開するために守衛室に戻った。
「……おい、下ろせ」
「お? ああ、悪ぃ悪ぃ」
 図書館からだいぶ離れた場所で、青年はそう言った。もうこの人影とともに行動する理由はない。人影は軽く謝って、丁寧に青年を下ろす。借りていた使用権や何やらを返し、青年は自分のアンカーへと戻るため、背を向けた。
「あ、ちょっと待て!」
「……何のだ」
 しかし肩を掴まれ、阻まれてしまう。イライラしながら振り返る。早く帰って今日の成果物を検分したいというのに。
「いやさ、俺パートナーいないんだよね」
「……それが?」
 青年には関係ないことだ。苛立ちから親指の爪を弾く。それを知ってか知らずか、人影は名刺を差し出してきた。
「これ、俺の連絡先。良かったら俺のパートナーになってほしいです!」
「は?」
 冗談めかした言い方に眉をひそめる。今日出会ったばかりの、お互い犯罪に着手していそうで、しかもエイリアスをかけ続けている相手にどうしてそういう事を言えるのだろうか。
 不機嫌な事もあり、突っぱねようとして手を振り上げる。しかしそれを掴まれ、強引に名刺を握らされた。
「おい……!」
 攻撃ではないので受動ウォールは発動しない。不快感から能動ウォールを展開しようとして、耳元に口が寄せられた。
「俺はMCを知っている」
「――ッ!?」
 囁かれた言葉に目を見開く。思わず人影を見れば、黒くて表情など分からないのに、にぃっと笑ったような気がした。
「パートナーの件、考えといてくれよな。じゃあな!」
 人影はパッと身体を離すと、その場からすぅっと消えてしまった。おそらくステルスをかけ直したのだろう。しばらく呆然と人影がいた座標を見てから、握らされた名刺を見る。
 あいつの名前はランドというらしい。普段ならこんなもの、さっさと捨てているが、気になる事を言っていた。それが事実なら――
「……くそっ」
 何もかも不愉快だ。名刺をデータフォルダにしまい、アンカーを設置した座標へと向かった。
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