Last Order
1 拾い物
――簡単な仕事のはずだったのだが。
「追いかけよう、って言ったの誰でしたっけ?」
「……ごめん」
「謝る暇があるならさっさと片付けてください!」
「やってる」
返事と共に、黒髪の青年――カムロは人の頭ほどもある黒い塊を打ち抜いた。しかしその程度で状況は変わらない。一体減ろうと、二人の周りにはまだ多数の敵――ウィルスがいるのだから。
簡単な仕事のはずだった。たかがウィルス退治、自分達の腕前ならさっさと終わる仕事だと。しかし逃げ出した一体を追いかけてみたら、この通り囲まれ、逃げ出せない。一体一体の強さは大した事ないのだが――
「ああもう、本当ここはどこですか……!!」
自身のパートナーが戦う後ろで、シュウは金色の髪をぐしゃぐしゃとかいた。脱出地点であるアンカーまで戻りたいのに、現在の座標が表示されない。座標が分からなければ、この空間でまともに目的地まで移動する事は出来ない。何とか移動経路から位置を割り出そうとしているが、そうするとカムロのサポートが出来ない。
彼ならそうそうやられはしないと信頼しているが、彼一人で事態を打開出来るかと言われたら――無理だろう。一撃が速く鋭い代わりに、せん滅には適さない戦闘スタイルでは、これだけの数をさばききる事は出来ない。
「……シュウ」
「はい、なんですか」
いっこうに数の減る気配のない、むしろ増えているのではないかと思うウィルス達を見て、カムロは申し訳なさそうに言った。
「おれだけじゃ無理だ。手伝ってくれ」
「……そうですか。そうですよね。分かりました」
数に囲まれた時点でシュウも戦闘に参加するべきだった。「ごめん」と謝るカムロに首を横に振る。
「貴方に頼りきるのはよくない事でした。パートナーですし」
「……うん」
「サポートに回ります。さっさと片付けましょう!」
「……ありがとう」
演算を途中で終了し、能動ウォールを展開する。するとウィルス達が弾き飛ばされ、シュウとカムロの周りに半径一メートルほどの空間が出来た。
ウィルス達の種類を分析し、特定するプログラムと並行して、カムロに補助プログラムを付与していく。一つプログラムを起動するごとにカムロの腕が青く輝き、強化されている事が視覚でも分かる。
「いつも通りでいいですよね?」
「うん。残りはシュウが片付けてくれるだろ?」
「だからってサボらないでくださいよ。僕、戦闘は苦手なんですから」
「分かってる。任せろ」
カムロが足裏で地面をこする。それを合図に、ウォールを解除する。壁がなくなって雪崩こんでくるウィルス達だが、そこに次々とカムロの拳が打ち込まれていく。先ほどよりも速く、鋭く、大量に。一発当たると衝撃波が発生し、次々とウィルスが吹き飛んでは消えていく。
稀にカムロの攻撃を逃れるウィルスもいた。単純な思考回路しか持たない彼らは、しめたとばかりにそのまま飛びかかってくるが、遅い。シュウ達に触れる前に、自動迎撃プログラムが作動し、飛び込んできたウィルスを貫いていく。およそ数分ほどで二人を囲んでいたウィルスは全て消滅した。
「……もう残りはいないみたいですね」
「助かった。ありがとう」
「いいですよ。貴方がいなければやられてますし」
索敵プログラムにもうウィルスはひっかからない。自動探索モードに切り替え、起動していた戦闘用のプログラムを切って演算領域を確保する。場所の割り出しを再開しようとして、がくりと肩を落とした。
「……うわぁ、しまった。また最初からかぁ……」
うっかり保存をせず、計算を終了させてしまった。どうも、こういうミスが多くていけない。プロとして活動している以上うっかりミスはなくさなければいけないのだが。
仕方なく演算を最初からやり直す。カムロはシュウの後ろからモニターを覗きこんできた。
「……分かります?」
「全然」
単に暇なだけだろう。まあ、索敵プログラムに関してはシュウの方が優秀だし、その分戦闘をカムロに任せているから、このくらいの怠惰は構わないのだが。
先程した計算をもう一度行う。進めば進むほど、シュウは眉間のしわを深くしていった。見た事もない数字が羅列されていく。こんな座標の場所は一度も訪れた事がない。本当にここは、どこだろう。
と、突然カムロがモニターから目を離し、構えを取った。
「カムロ?」
「……誰かいる」
言われてカムロの視線の先を見るが、何もないように見える。索敵プログラムも反応していない。「気のせいじゃないですか」と言おうとした途端、ザザッと景色が揺らいだ。
『――やるな。ステルスはかけていたんだが』
「え、うぇっ!?」
声が聞こえたかと思うと、揺らいだ景色から男が現れた。驚いて妙な声が出てしまったシュウの前に、壁になるようにカムロが動く。
「待て。君達と無駄に争うつもりはない」
今にも殴りかかりそうな雰囲気のカムロを、男は言葉で制する。これと言って特筆するところのない平凡な外見をしているが、どこか威圧感があるとシュウは思った。
男は手のひらを空に向けると、プログラムを起動させた。色鮮やかな、曲線をいくつも重ねた紋章が手のひらの上に現れる。
「私はガーディアンのオロチだ」
「が、ガーディアン!?」
世界を維持し管理する人工知能、マザー。彼女を取り巻く精鋭部隊がガーディアンだ。厳格な審査の末、選ばれる彼らは、一流のハッカーであっても太刀打ちできないほどの実力と権限を持つ。まっとうに暮らす分には全く関わりのない雲の上の存在なのだが――
「な、何でガーディアンがここに――」
「それはこちらの台詞だ。君達はここがどこだか分かっているのか?」
「……えっと、それは……」
つい言葉に詰まる。ちらりとカムロがこちらを見た。こういう時、カムロはシュウに判断を任せる事が多い。今回も、オロチの言葉を信用するかどうか、シュウに判断を任せている、ように思う。
彼がガーディアンだという確証はない。起動させている紋章表示プログラムは、マザー直属の施設で使われている物と同じだが、偽装するぐらい簡単だろう。……しかしながら、この状況で彼を信用しないというのは、悪手であるように感じる。まずは信用しておいていいのではないだろうか。
シュウはそう判断すると、カムロの隣に立った。意図を理解したのか、カムロは構えを解く。
「その、現在座標をロストしていまして、ここがどこだかは……」
「だろうな」
予想通りだったらしい。そんなに迷子に見えるだろうか、とシュウは少し肩を落とした。
「……先に聞かせてもらおう。君達は何者だ? 何をしていた?」
少々威圧的な口調は、職業柄なのだろうか。苦手な対応に後ずさりしそうになるが、こらえる。カムロは構えこそ解いたが、警戒は続けている。シュウが敵対的な様子を見せれば、また構えをとるだろう。場合によっては戦闘を始めるかもしれない。ガーディアンと事をかまえるのだけは最低限回避しなければ。
「僕達はハッカーです。オールドグレイブの仕事でウィルス退治をしていたんですが、逃げた個体を追いかけていたら迷ってしまって……」
「名前は」
「あ、えっと、僕はシュウでこっちがカムロです」
「ふむ」
オロチはコンソールを呼び出すと、何事か打ち込む。シュウの言った事が本当か調べているのだろう。
ふと、カムロが手を握ってきた。意図がつかめず戸惑うが、とりあえず握り返すと、するりと離れていった。パートナーとして一緒に仕事をするようになってからよくあることなので、もう慣れたが、理由が分からないのは少し気になる。かといって直接聞くのもなんだかなぁ、と思っていた。
「確認した。本当に迷い込んだだけのようだな」
そんな事をしている間に確認は取れたらしい。オロチはコンソールを閉じた。
「……あの、ここはどこなんですか?」
おそるおそる聞いてみる。シュウ達に怪しいところがないと分かれば教えてくれるかもしれない、そんな期待からの言葉だった。出来れば早くアンカーまで戻りたい。
オロチは二人を交互に見てきた。顎に指をあて、何事か逡巡しているように見える。少しして、口を開いた。
「詳しい場所は言えないが、マザーのお膝元だ」
「マザーの……えぇ!?」
マザーが管理する施設は、全て強力なウォールで守られており、入る事は出来ない。いくつか一般市民に開放されているものもあるが、事前に許可をとらなければいけないはずだ。そんなところにいるなんて。
「まあ、どこかに抜け道でもあったんだろう。前例がないわけではない」
「そ、そうなんですか……」
「ついてきたまえ。外まで案内しよう」
驚き戸惑うシュウに背を向け、歩き始めるオロチ。一瞬どうしようか迷ったが、ここが本当にマザーのお膝元ならガーディアンに逆らう余地はない。大人しくオロチの後を追う。
白ばかりが続く広い空間をしばらく歩くと、天まで届いていそうな、地の果てまで続いていそうな、高く長い壁が三人を迎えた。オロチはレリーフの刻まれた大きな門に近付くと、その足元すぐそばにある小さな扉をノックする。
「サフィーネ」
「はいはーい?」
扉から出てきたのは、オロチと似たような服を着た、青い髪の少女だった。サフィーネと呼ばれた彼女は、シュウとカムロを見て、きょとんと首を傾げた。
「あれ? その人達誰? 今日も訪問はなかったよね?」
「ただの迷子だ。門を開けてやってくれ」
「はいはーい」
オロチと違い、軽いノリの彼女は、扉の中に戻っていった。数十秒後、重い音を立てて門が開いて行く。門の先に続く庭園は、いつか「マザーの施設を見るだけ見るか」と回っていた時に見たものだった。
「ではな。次に迷い込んだら言い訳はきかんぞ」
「あ、はは……気を付けます。ありがとうございました」
オロチに会釈をして門をくぐり、壁の向こう側へと行く。シュウとカムロが通り抜けて間もなく、再び音を立てて門は閉まった。高くそびえる壁も、重そうな門も、越えられそうにない。おそらくまたこの先に行く事は、一生かけてもないだろう。
ふとナビを見れば、座標の表示が復活していた。あの中だけ表示されないように設定されているのだろうか。ともあれ、これでようやくアンカーまで戻れそうだ。
「帰りましょうか」
「うん」
簡単なウィルス退治のはずが、予想以上に疲れた気分だ。早く戻ってゆっくり休みたかった。
「……あれ?」
アンカーまで戻ってきたところで、シュウはそれに気付いた。
「……どうした?」
「いや……これ、何でしょう?」
アンカーによく分からないファイルがくっついている。普通、アンカーには何もつかないはずなのだが。万が一にも影響が出ないよう、慎重にはがす。
どうやらそれは文書ファイルのようだった。タイトル名が空白になっているそれをスキャンにかけるが、特にウィルスなどの悪いものはついていなかった。
「これどうしましょう?」
「持って帰ればいいんじゃないか?」
「うーん……」
特にプロテクトも、署名もされていないようだ。こういう保護措置が取られていないファイルに、所有権を主張する事は難しい。つまり、シュウ達が持ち帰っても問題はないということである。
少し考えて、シュウはファイルを持ち帰る事にした。こんなところに重要なファイルが流れているはずがない、という期待からだ。自身のデータフォルダの中に不明なファイルを入れる。
二人でアンカーに触れる。目を閉じ、思考を上方へと向ければ、プツッと意識が途切れた。
視界を遮るバイザーを外し、ぷはぁと大きく息をつく。目を閉じたまま数秒ほど待ち、開けば、柔らかな緑と茶色の内装の部屋と、それに合わない無骨なコンピュータ群が目に入る。自分の部屋に帰ってきた事にまた息をついた。
「あー、疲れたぁ……」
椅子に体重を預け、手足の力を抜く。迷ったせいか、今日のダイブはいつも以上に疲れた。次からは、痕跡が残ると分かっていても、すぐに戻れるプログラムを持っていった方がいいかもしれない。いつもは座標に頼って戻っていたが、今日のように分からなければそれも出来ない。
「シュウ」
と、別室でダイブをしていたカムロがやってきた。とてとてとこちらに近付き、おもむろに抱きついてくる。
「あー、はいはい、お疲れ様です」
仕事を終えた後はいつもこうだ。なので特に気にせず、頭を撫でてやる。するとカムロは器用にも、猫のように喉を鳴らした。
彼はあまり喋らない方で、そのためかこうしたコミュニケーションをよく好む。身長も高く、自分よりも年上なのに、ずっと年下に、あるいは大型犬のように見える事が多いのは、この辺りが原因だろう。
経験から、当分離れないのは分かっているので、片手でコンソールを叩く。先程拾ったファイルの中身を確かめるためだ。
念のため、改めてウィルスチェックなどの検査プログラムにかけてから文書ファイルを開く。しかし、画面に映った文字列は意味をなさないものだった。最初からこうなのではなく、暗号化されているのだろう。よほど重要なファイルなのだろうか、と考えたが、それならきちんとプロテクトがかけられているだろうし、あんな場所に置かれていないだろう。
少し考えて、バックアップを取ってから、手元の複合化プログラムにかけてみる。いくつか試してみたが、どれも文章として意味を成してはくれない。それどころか余計に分からないものになっている気がする。
「うー……」
困って頭をかくと、肩に顔をうずめていたカムロが顔を上げた。
「シュウ、どうした?」
「ああ、いやちょっと……さっき拾ったファイルなんですけど、暗号化されてて読めなくって……」
拾い物ではあるが、読めないと中身が気になる。かといって、プログラマーではなくハッカーであるシュウに複合化の技術はない。最低限の知識として一通り勉強したが、それを使いこなせる技術はない。
素直に諦めるべきか悩んでいると、ぽつりとカムロが呟いた。
“餅は餅屋”
「モチ?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。カムロは一般に東方と呼ばれる、やや特殊なコロニーの出身で、たまに「東方語」と呼ばれる言語を使って話す事がある。シュウはごく普通のコロニーで生まれ育ち、共通語以外学ばなかったため、東方語で話されると理解が出来ない。通じなかった事に気付いたのか、カムロは「えっと」と少し言い淀んだ。
「専門家に任せろとか、そういう意味だったと思う」
「ああ、なるほど……」
言い直してもらい、納得がいった。確かにその通りだ。技術のないシュウがいくら悩んでも進展はないだろう。
「……もう少し試してみて、駄目そうだったらそうします」
「ん」
再びカムロは首に顔をうずめてきた。くすぐったいので止めてほしいのだが、言って止めてくれた事は今まで一度もなかった。