Last Order
11 Last Order
データカードを携帯端末に差し込む。モニターを空中に浮かべ、ぽちぽちと操作を行っていると、何をしているのか気になったのか、後ろからカムロがのしかかってきた。
「カムロ、重いです」
「シュウ、それ何?」
訴えてもスルーされ、質問をされる。苦笑しつつ、何か悪さをするわけでもないのでそのまま放っておき、データを選択した。
「ほら、こないだのデータ。複合化出来たというので、もらってきたんです」
「へぇ。時間かかった?」
「うーん、僕だと一生読めないぐらいには複雑だったらしいですけど」
話によればとても原始的で面倒くさい暗号化を施されていたらしいので、ソフトに頼るしかないシュウでは一生かかっても分からなかっただろう。一か月と少しという短期間で解読してみせた彼女はすごいと思う。
「カムロも見ますか?」
「ん」
カムロはカムロで中身が気になっていたらしく、頷いた。ならば隣に来ればいいのに、シュウにのしかかったまま動かない。仕方なくシュウはカムロにも見やすいよう、モニターの位置をずらした。画面の端に触れると、紙がめくれる音と共に、ファイルの中身が描画される。
解読完了おめでとう。我ながら面倒な処理を施したけど、どうだったかな? 多少は君の暇つぶしになっただろうか? まあ、君なら一日もかからずに解いてしまうんだろうけど。
君がこれを読んでいると言う事は、私は死んでいるか、そうでなくても君の前からは姿を消している事だろう。うん、仕方ない。その時のためにこれを残したんだし。
君を育て始めて既に十年以上経つけれど、その間に地球は随分汚染が進んでしまったようで、私はとても残念だ。全くこれだから欧米人はいけない。私達に任せてくれれば四半世紀の内に元通りとまではいかなくても回復出来たのに。
と、愚痴を聞かせてもしょうがないね。君のせいではないのだし。
君の両肩に世界という重荷がのしかかって何年ほど経っているだろう。別の班が育ててるらしい君の伴侶は、君の助けになっているだろうか。なっていればいいんだけれどね。
政府の連中は君をただの道具としてしか見ていない節がある。馬鹿馬鹿しい事だ。君はこんなに立派なのにね。
君を利用しようとする人間がいるかもしれない。
君を馬鹿にする人間がいるかもしれない。
君を否定する人間がいるかもしれない。
でも君は揺るがず、前に進みなさい。怯えず恐れず、人間の後を追わなくても構わない。君は問題が起こった後の後始末がすごく得意だけれど、本当に素晴らしい統治者というのはね、問題を起こさないようにするものなんだよ。
ああ、そりゃもちろん人間の事を考える必要はあるよ。君は人間を管理するために造られたんだから。
でもね、人間に遠慮する必要なんかどこにもないんだ。君がやった方がいい、正しいと思う事は一回冷静になって見直した上で、じゃんじゃんやっちゃいなさい。私達の記録は君の行動の指針や参考になるだろう。
多分、私は君の最初の晴れ姿を拝む事は出来ていない。どうも一部の人間が君を操って世界を牛耳ろうとしているみたいでね、君を独立した一固体にしようとしている僕は邪魔なようなんだ。多分こっそり銃殺かなぁ。どっちみち、君の最終調整組からは外されるだろうね。
だから、これが僕から君への最終命令。
強くなりなさい。前を向いて生きなさい。頼る事を忘れず、人の存在を忘れず、世界を愛し、自分が正しいと思う事をしなさい。たまには振り返ってもいいけれど、後悔するぐらいならどうすれば後悔せずに済むかをあらかじめ考えてからやりなさい。
そしてどうかいつまでも幸せであれ。
これからの君の人生に幸多からん事を。
我が愛する娘へ
君の父親の一人より
「終わり?」
「そうみたいですね」
そこでファイルは終わっていた。思っていたよりもプライベートで、何てことない内容のように見えた。不思議で不可解な文章だが、娘を思う父の気持ちは伝わってくる。何故自分のアンカーについていたのか、それはさっぱり分からなかったが、シュウがこれ以上調べる事ではないだろう、と感じた。
電源を落とそうとして、後ろから手が伸びる。長い指がぽちぽちとコンソールを押し、何事かプログラムを呼び出している。
「……カムロ?」
「こないだの移動データ残ってる?」
「ええ、残ってますよ。あ、それです、ですけど……どうかしたんですか?」
“……元老院の連中は怒るだろうけど”
「あの、何をしてるんですか?」
“うん、そう――青い宝石も怒るだろうけど、そうした方がいいだろう”
「あの?」
東方語で何か言いながら、カムロは操作を続ける。わけが分からなくて何度も尋ねても、何も答えてくれなくて、シュウは眉をひそめた。
「あの、カムロ」
「ん、ごめん。アレ、老婆心?」
「……訳が分かりませんよ?」
老婆心で誰に親切をしたというのか。分からなくてヘの字口を作るが、カムロは何も答えずにそのまま肩に顔を埋めてしまった。
ガーディアンの仕事は、その試験の難しさと裏腹に、大変暇だ。マザー管理下の施設、特に中央中枢機能が集められているこの場に侵入しようとする輩はいないし、許可を取ろうという人間もほとんどいない。
特にサフィーネは見回りの必要もない門番役という事もあって、常に暇を持て余していた。強固な要塞である中央といえど、ウィルスが迷い込んでくるケースはある。そういったものを退治して暇を紛らわす機会もない。
一月ちょっと前、偶然外部の人間が中にいた事があったが、あれはサフィーネ的に面白かった。ああいう事がまた起こればいいのになぁ、と不謹慎な事を思いつつ、代わり映えのしない真っ白な景色を眺めていると、扉がノックされた。
「はーい? あれ、オロチ?」
「サフィーネ」
わくわくしながら扉を開けてみれば、オロチがいた。見回り担当の彼が何故門に来ているのだろう。これは厄介ごとかと、目を輝かせる。
「何、また何か面白い事あった?」
「……仕事中はもう少し緊張感を持ちたまえよ」
「えへー」
真面目なオロチにはサフィーネの態度は不謹慎に思えるらしい。ガーディアンに入ってからずっとこうなので、呆れられるだけで済んだが、最初の内は説教が発生して大変だった。サフィーネとしては切実なつもりなのだが。
ともあれそれでここにきた目的を忘れるようなオロチではなく、サフィーネの前に一匹の白い鳥を出した。つぶらな黒い瞳がサフィーネを見つめている。
「あれ、それどうしたの?」
電子空間上でペットとして飼えるプログラムはあるが、これは違う。細い足に手紙がくくりつけられている。メイルペットと呼ばれる、データ送信を行うプログラムだ。普通の送信プログラムよりも速度や送れるデータの容量に制限があるが、一様に可愛らしい外見をしているのが特徴だ。サフィーネもたまに使っている。
「何故かいてな。とりあえず捕まえたんだが、どうするべきか迷ってな。ウィルスもなければ害あるプログラムでもない、ただの文書データなんだが……」
無表情なオロチにしては珍しく、困惑の色が見える。何となく感心しつつ、サフィーネは鳥をよく見る。確かについているのはただの文書データで、鳥自身も市販のメイルペットそのままのようだ。試しににデータに触れて少し確認して、サフィーネもまた困惑することになった。
「何これ。マザーへ?」
「そうだ。だからどうするべきか迷っていてな」
文書の宛先はマザーとなっていた。確かに、これは迷う。マザーへの文書は通例別部署に届けられ、そこからマザーへと渡る。直接中央に来た例は、過去百年の履歴を見てもない。レアケース中のレアケースだ。
「これはマザーに届けるべきか、向こうに渡すべきか、それとも廃棄すべきか。どうしたらいいと思う?」
いつも冷静沈着で素早く判断出来るオロチが、サフィーネに意見を求めてくるなんて滅多にない。これまた貴重な案件ににやけつつ、鳥を受け取った。
「危険性はないみたいだし、あたしがマザーに届けてくるよ」
「……暇つぶしがきて嬉しいだけだろう。全く……」
ため息をつかれたものの、それだけだった。メイルペットをサフィーネから取り上げる事もせず、オロチは横にずれて外への道を開ける。
「君がマザーのところに行っている間、私はここにいるからな。寄り道などせずさっさと戻ってきたまえ」
「善処しまーす」
あまり長引かせても悪いが、特段急ぐつもりもない。鳥の足を掴んだままマザーのもとへと移動する。白い広場を進んでいき、とある座標を越えたところで、がらりと景色が変わった。黒い世界に遠くで煌めく光の粒――宇宙を映したここが、マザーの本体がある本当の中央だった。
「マザー、ガーディアンのサフィーネです。姿をお見せください」
星空に向かって呼びかけると、サフィーネの前方、数歩離れた場所に女性がふわりと現れた。くるぶしほどまである長くたっぷりとした緑髪に、誰が見ても「完成されている」と分かる美しい相貌。豊満な体には何もまとっていなかったが、あまりに完成されて美しいために、いやらしいとは全く感じない。
彼女こそが今の世界の支配者、マザーだった。彼女は閉じていた目をゆっくりと開き、サフィーネを見る。
『どうしました?』
空間に柔らかな声が響く。優しい口調で威圧感はまったくないのだが、つい委縮してしまう。怖いもの知らずだと自負するサフィーネでも身構え、敬意を払うほどのオーラをマザーは持っているのだ。サフィーネは一つ呼吸を置いてから、鳥を差し出した。
「はい、マザー宛のデータがあります」
『私宛の、ですか?』
「中央内にありましたので。危険性はないと判断し、直接お持ちしたのですが……」
やはり管轄の部署を通した方がよかっただろうか。何しろ直接来た目的の大半は暇つぶしである。それをマザーに責められれば、面の皮が厚いサフィーネでもかなり落ち込むだろう。マザーは思案するような仕草を見せた後、手を差し出した。
『貴方が危険性がないと判断したのなら、その判断を信じましょう。こちらへ』
「あ、はい」
鳥の足を離す。すると鳥はマザーの元へと飛んでいき、肩に止まった。その足につけられたデータを外し、マザーは中身を確認し始める。
人間と違い、マザーは優秀な人工知能だ。CPUの規模もサフィーネ達とは桁が違う。だから一瞬でデータの中身を把握出来、処理出来るはずなのに、マザーは数秒経っても文面から目を離さなかった。
中身を確認するために一度。指で確認するように辿りながら二度。小さく口を動かし、サフィーネには聞こえないほどの音読をして三度。それでもまだ足りないと、四度五度読み直す。サフィーネは文面までは確認していないため、そこまで重要な情報なのに何故メイルペットで送られてきたのか、と疑問に思ってしまう。退出のタイミングも見失ったサフィーネは黙ってマザーの様子を見ていたのだが、ふいにマザーの目から涙が一粒零れたのを見て、流石に目を見張った。
「ま、マザー!?」
慌てて声をかけるが、マザーには聞こえていないようだった。泣きながら何度もデータを読んでいる。やがて優しい微笑みを作ると、大事そうに紙を抱き締めた。
『……イエス、マイファザー』
その呟きが何を意味するのか、サフィーネには分からない。分からないが、今のマザーは今までよりもずっと、幸せそうに見えた。