Last Order
6 手がかり
ルインが仕事を受けてから、生活を忘れ始めてから三日目になる。乾燥パスタを茹でる前に声をかけたが、配膳が一通り終わっても現れないルインに肩をすくめ、二階の仕事部屋へと向かう。
コンコンとノックをする。少し間を置いて、もう一度。しかし返事はない。
「ルイン、入るぞ」
この様子ではどうせ聞いていないだろうが、声をかけてから扉を開けた。
「……何してんの?」
てっきり画面に向きっぱなしだと思っていたのだが、予想に反し、ルインはコンソールを叩いてはいなかった。床にごろりと寝転がって、電子書籍を読んでいる。ルインは読書なんてほとんどしないのに、珍しい姿に驚きつつ、上から顔を覗き込む。
「んー、あれー、ハイデンー?」
「飯だぞ、飯。早く来いよ」
「あー、んー、分かったー」
素直に返事をし、後ろをついてくるが、電子書籍から目を離さない。ふらふら壁にぶつかりそうになる度、腕を引いて軌道修正しても、生返事すらない。
席に着き、食事を始めてもルインは電子書籍を読み続けていた。
「ルイン、行儀悪いぞ」
「んー」
注意しても読書を止める気配がない。上の空な割にこぼしたりはしなかったが、時折狙いを間違えて、頬や唇の下に巻いたパスタをつけていた。そんな調子で食べ続け、皿の上が綺麗になっても麺を求めてフォークをさまよわせていたので、ハイデンは苦笑してルインの手を握った
「うー?」
「もう食べ終わってるってば。ほら、ちょっとじっとしてろ」
「むー」
フォークを皿の上に置かせてから、立ち上がってルインのそばに行く。汚れた箇所をティッシュでぬぐってやる間も、ルインはモニターを見続けていた。何をそんなに見ているのかと、宙に浮かぶモニターに目をやった。
……結論から言えば、ハイデンにはさっぱり分からなかった。やたら細かい模様のような何かが、モニターの端から端までびっしりと並んでいて、目が痛くなりそうだ。ルインがプログラム以外を勉強しているなんて珍しいと思いつつ、食器を回収する。
二人分の食器を洗浄機に入れ、戻ってきても、またルインは座ったままモニターと向き合っていた。
「ルイン、読書するならソファ行きなよ」
「うんー」
ちゃんと長時間座るための物があるんだから、と声をかけるが、やはり生返事だった。一応聞こえたのか、ルインは立って歩くが、ソファではなく壁に向かっていく。
「そっちじゃないだろ」
肩を掴んで向きを修正し、ソファに座らせる。抵抗もまったくなく、人形のようだ。多分、今なら何をしても気付かないだろうが、全部無駄になる気がするし、そんな事が出来るハイデンではない。
「……あー、ルイン、俺ちょっと買い物行ってくるから」
「んー」
ちゃんと聞こえているだろうか。念のためメモを残し、ハイデンは家を出た。
「じゃ、お先っすー!」
ランドは早めに仕事を切り上げ、オールドグレイブを出た。こちらを睨むクーの視線が痛かったが、気にせず、まず即売所に寄っていくつか甘味を買う。それからそろそろ覚え始めた道を辿り、鉄のにおいがする細い路地を通り、目的の建物へとやってくる。ドアノブの下にある僅かなくぼみに親指を押し当て一秒、がちゃりと鍵が開く音がした。
指紋認証式のキーロックなんて珍しい。旧時代に流行りかけて、普通の鍵でよかろうと廃れたらしく、現代でもまったく見かけない。指紋に限らず生体認証式は、合鍵を作りにくい利点があるが、そのためにわざわざ廃れた技術を拾ってくるなんて変わった人物だ。
扉を開け、自動で鍵が閉まる音を背中に、奥に進む。薄暗い通路を抜けると、配線ばかりの部屋の一つしかないソファに座って、主はコンソールを叩いていた。ちらりと目線だけをこちらに向けて、歓迎の言葉もよこさない。
「やっほーエイテルー!」
「飛びつくな撃つぞ」
ならばこちらが好意を示そうと、挨拶代わりにハグをすべく両腕を広げれば、エイテルは先端から金属の棒が出た、スティック状の機械をこちらに向けてきた。二本の棒の間をバチリと電流が行きかい、スタンガンだと主張してくる。やむなくランドは広げた腕をそのまま上に向けた。
「何だよー、挨拶のハグぐらい普通だろ?」
「知らん。苦しいんだようっとうしい。触ったら撃つ」
ランドの出身コロニーでは普通なのだが、エイテルは違うらしい。そんなに昨日出会い頭に抱き締めたのが気に入らなかったのかな、と首を傾げる。
そもそも現代では殺傷力の高い武器は流通しておらず、スタンガンのように威力が低くとも武器にカテゴライズされる物であっても、やや面倒な手続きを踏まねば手に入らないはずなのだが、昨日の今日で準備出来るものだろうか。疑問に思ってよく見てみれば、エイテルの細い手に握られるスタンガンは少々不恰好だった。
「ってかそれ作ったのかよ?」
尋ねれば、ふいっと顔を背けられた。どうやらお手製のようだ。仕組みが分かっていて材料があれば作れるだろうが、そこまで気に入らなかったのかと肩をすくめる。
「あ、菓子買ってきたけど」
「……あっち」
「はいはい」
ぶすっとしていたエイテルに、持ってきた土産を見せれば、ほんの少し声色が甘くなった。指差された先にある通路を進み、台所らしきスペースにやってくる。生物は冷蔵庫へ、日持ちする物はテーブルの上の籠に入れておく。
最初はどこで生活しているのかと疑問だったが、一番広い部屋がコンピュータとその付属品に占領されているだけで、生活空間はそれなりにあった。ランドは入れてもらえないが、寝室もちゃんとあるようだ。
もっとも、冷蔵庫の中身がレトルト食品と甘味だけな辺り、きちんと「生活」しているかは怪しいが、そこまで踏み込める仲ではないため、黙っておく。ランドとエイテルはパートナーだが、それは契約上の利害関係の一致でしかなく、私生活にお互い口出しする義理はない、
戻ってくると、既にダイブの準備が整えられていた。エイテルはソファに座るよう促し、バイザーを渡してくる。
「今日も続き?」
「ああ」
「りょうかーいっと」
ソファに深く腰掛け、バイザーを着ける。一瞬意識が途切れた後、ランドはコードだらけのごちゃごちゃした部屋ではなく、何もない広大な空間にいた。無事にダイブに成功し、必要な物が一通り揃っているか確認してから歩き出す。
ほどなくして、目的地であるマザーが管理するアーカイブへとついた。マザーコードを呼び出して、古びた図書館のフェンスを抜けて、壁から中へと入った、立ち並ぶ本棚の間を通り、ランドの目的の棚の前でプログラムを起動させた。
白紙の本が数冊現れ、棚からも同数の本が飛び出し、独りでにページに文字が書かれ、めくれていく。正常な動作をしていると確認してから、こんどはエイテルの目的の棚へと向かう。同じようにプログラムを起動すると、ランドはその場に座った。後は時間まで待つだけだ。
このアーカイブ群、中に入れば閲覧制限はないものの、コピーは一切が禁止されていた。万一コピーを行えば、警報が作動し、全てのデータが一時的にロックされるようになっているのだ。それを知らずにコピーをしようとして、ガーディアンに攻撃されたのが先日のランドだ。結果エイテルに出会ったからまあいい思い出だ。
しかしコピーが禁止、さらに当然移動も禁止となれば、データを外に持ち出す事が出来ない。中身を覚えるしかないかと頭を抱えていたランドだったが、エイテルの提供してくれたこのプログラムは、原始的だが新しい発想で制限をすり抜けた。
『どうだ』
「ん? 順調だぜー。いやー、本当すごいよな、これ。待ってる間暇だけど」
『少し考えれば誰でも作れる』
「俺はソフト関係さっぱりだから無理だな!」
『胸を張るな』
確かに仕組みを聞けば「そんな事か」となるが、発想に至るのが難しい。
開いたページを丸ごと画像として認識し、一ドット単位で値を取得し、新しいデータに書き込んでいく。そうしてコピーしたのではない、しかし全く同じ内容のファイルが出来上がる。要は手書きで書き写す作業をやらせているのだ。
仕組みを聞いた時、ランドは「なるほど」と思わず感心してしまった。簡単にファイルをコピー出来、電子媒体で何もかも済ませる昨今、そもそも文字を書く機会自体がない。ノートをとった事もない人々に写本をしろだなんて、まず思いつけないだろう。
難点としては、どうしても時間がかかるので、待っている間暇な事だろうか。コピーロックしてあるデータを複製出来るのはありがたいが、完了するまでやる事がない。暇つぶしにゲームをしようにも、そうすればその分だけ作業が長引くため、何もしない事が一番だった。
「あ、ところでさ、今日買ってきたのどれが一番良かった? もう確認しただろ?」
ならばとエイテルに話しかければ、少し間が開いた。
『チーズケーキ』
「ああ、あれかぁ。即売所のでも美味いの?」
『悪くはない』
他愛もない話をする事で暇を潰す。返事がない事の方が多いし、あっても全く話が弾まないが、何もしない方がランドにとっては辛い。その中で知ったのだが、エイテルは甘い物が大好きなようだった。本人は「嫌いじゃない」としか言っていないが、甘味を見せると声が甘くなる辺り、大好物と見て間違いないだろう。
「それでさ、その人クーさんって言うんだけど言う事毎回きちぃーんだよ。エイテルは行動に出るけどクーさんは口で攻撃するみたいな感じで――」
『お前は何が目的なんだ』
いつもランドが自分の事を話すか、質問する側で、エイテルから質問されて、ランドはついきょとんと目を丸くしてしまった。
「……えっと、それはどれの事? この会話の目的か? それともエイテルに協力する目的って事?」
『後者』
会話を割って入ってきた、脈絡がなく説明の少ない質問に質問で返せば、シンプルな返答がきた。ランドはがしがしと頭を掻いた。このタイミングで聞かれると思っていなかったため、説明するための言葉をまとめていない。考えながら話すのは苦手なんだけどな、と困りつつ、どこから話すかと思索する。
「あー、えっとな。旧時代は何が世界を支配してたかは、知ってるよな?」
『人間』
「おう。で、今はマザーだろ?」
旧時代最後にして最大の遺産。全ての物流を握り、過去の産物を納め、世界の法を定め、あらゆるコロニーを管理する人工知能、マザー。直接会うなんてガーディアンでもない限り出来ない、雲の上の存在だが、今生きている人間ならば誰もが知っている。
「でも何でマザーが世界を支配する事になったのかはどの本にも載っていない」
『旧時代の人間達がそう決めた』
「それは経緯じゃなくて結果だろ。俺は途中と理由を知りたいんだ。旧時代の終わりに何があったのか、何でマザーじゃないと駄目だったのか、どうして人間は地球を捨てなくちゃいけないとこまで行き着いたのか、全部」
教科書には戦争の結果、地球があまりにも荒廃してしまったから、と端的に書いてあった。それは事実だろう。だが当時、人間は地球に住んでいたのに、何故生物が生存出来なくなるまで戦争を続けたのだろうか。そして地球を離れる際、どうしてマザーに全てを支配させたのだろうか。
普通に手に入る書籍では詳細を知れなかった。知りたくて、ランドは生まれ育ったコロニーを離れ、マザーの本体があるラストオーダーに移ってきた。ガーディアンの試験に落ちたため、当然本体が存在する中央には入れないが、それでも近くにいた方が何か見える気がしたのだ。
『お前の考えは珍しい』
「おう、知ってる」
生まれた時からそうであり、誰も疑問を持たない物に、疑問を持つ事は難しい。マザーは絶対的な世界の支配者であると、ランドも教えられてきた。言われるまでもなく、自分が異端だと分かっている。
『それで組織に所属しているなんてもっと珍しい』
「必要だったからなぁ」
調べるにしても時間がかかると予測出来た。マザーは衣食住を保証してくれているが、それはあくまで生きるのに必要な分だけだ。贅沢など必要以上を求めるのなら、やはり金銭が必要になる。そのため、長期的で安定した収入源を手に入れる必要があった。
その点、オールドグレイブは理想的だったと言える。ラストオーダーの自治組織的な側面を持ち、そこそこ規模が大きく、優秀なハッカーがいると有名なオールドグレイブには、ウィルス退治からデータサルベージ、現実での修繕作業まで、色々と依頼が舞い込む。雑多なハッカー集団の多くと違って、収入が安定しているのだ。
オールドグレイブに入る前に、マザーに近付くためにガーディアンの試験も受けたのだが、「実力不足」とされ、一次試験で落とされた。ガーディアンに受かるハッカーはどれだけすごいっていうんだ、と当時はふてくされたが、先日の交戦で納得した。あれは強い。オールドグレイブだと団長でなければまともに太刀打ち出来ないだろう。
「あと、反政府したいわけじゃねぇからな。俺は知りたいだけだぜ?」
知りたい、それだけだ。もっとも多くの人はそう思わないだろう。だからエイテルを含めても、両の手で数えられるほどの相手にしか言った事がない。
「そういうエイテルはどうなんだよ。何でアーカイブなんて調べてんの?」
ランドのように歴史を調べるのならともかく、アーカイブに納められているものは、全て遠い過去の産物だ。最先端の技術に及べるものなんてほとんどない。聞かれた流れで聞き返したものの、返ってきた答えはそっけないものだった。
『言いたくない』
「ん、そっか。……でさ、クーさんなんだけど――」
無理に聞いても仕方ないと、話を元に戻す。ほとんど独り言のように話すランドの頭上で、本はパラパラとめくれ続けていた。